スタッフ紹介―塾長―
初めまして。
小桝雅典と申します。
「鍛地頭-tanjito-」の塾長です。
「ぼくは大人になったら,高校の先生になりたいです。」
私が小学校2年生の時に書いた日記(№.44)には,このようにあります。
私は7歳の頃から,高校教師に憧れ,ただ一筋,それを目指して人生を歩んできました。ですから,教師になることだけしか考えておらず,ほかの就職活動を一切行った経験がございません。
両親の影響が強かったせいでしょうか。
父は高等学校の教員免許状(数学)を有しながら,(私の)祖父の許しを得ることができず,教員の道を断念しました。
「先生になれば,県内のどこに行かされるかわからない(=祖父の傍に置いておきたい)。」
10人きょうだいの末っ子であった父を,祖父は大変に可愛がっていたそうです。
父は私に教員となるように決して押し付けるようなことは致しませんでした。
しかしながら,私の幼心に「父が達成できなかった夢を(私が)達成しなければならない。」との思いがあったように思います。
母は高等学校の事務職員でした。
「学校というところは良い所よ。あんたも頑張って先生になると良い。」
私が幼い頃からの母の口癖でした。
私は,どういうわけだか,生来,友だちに勉強を教えることが大好きなこどもでした。勿論(笑),勉強ができたわけではありません(笑)。 自分の分かるところだけですが,一生懸命に友だちに説明して,友だちに「わかった!!」と言ってもらえることに大きな喜び(自己有用感)を感じていたのです。
かくして,私は高校教師としての運命を歩みます。
初めて教壇に立った日から,私の胸中を占めた強い思いがありました。
そして,教師の終わりを迎える日まで,途切れることなく,私はその思いに呪縛され続けます。
「生徒ってかわいいなあ。何としてでも,一人ひとりの生徒に,その子に合った力をつけてあげたい!!」
「生徒のためならば,自分を犠牲にしてでも,どんな苦労も厭わないぞ!!」
今の時代,賛否両論が湧出するような思いですね。
しかし,公職(公教育)を退いた今でも,その思いは変わりません。
否,いっそう強くなった気がします。
公職(公教育)を離れ,リベラルな立場で〈教育〉を俯瞰し始めて,学校管理職の時代から,私の胸中に渦巻いていた思いが煮え滾(たき)ってきました。
「特に,若手の先生を何とかしてあげないと…。今の立場の私にできることは何だ!? 精神的に苦悩している若手の先生方を何とか救ってあげられないものか!!」
(かなり高飛車ですが…。 実際,平成22年度に公立学校教員として新規採用された先生方のうち,288人が1年以内に依願退職されており(文部科学省調査),その後も増加傾向にあるのです。しかも,主な原因は精神的なストレスなのです。)
「現状ではダメだ!! もっと数多くの〈ホンモノ〉の先生を育成しないとダメだ!! 乳幼児・児童・生徒のためだ!!」
(かなり生意気ですが…。「〈ホンモノ〉」の定義は当塾「鍛地頭-tanjito-」のホームページやブログ,フェイスブック,ツイッターなどでお読み取りください。)
全て正直な気持ちです。
このメラメラと燃え上がる熱い思いと副塾長との共通の重厚な思いである「社会貢献」とが相俟って,「鍛地頭-tanjito-」が誕生しました。
(かなりの紆余曲折はありましたが…。)
長い職歴と経験,そして生徒のためにと歯を食いしばって身につけてきた専門性を生かし,子育てや学校教育全般に関するお悩みを持たれている保護者(児童・生徒も相談の対象)や学校で奮闘されておられる先生方など,また,〈ホンモノ〉の教師を目指す皆様方との運命的なご縁を心からお待ちいたしております。
当塾の相談業務では,「学校生活に関する悩み・トラブル解決コース 」を担当いたします。その他の担当は「オンライン教員養成私塾「鍛地頭-tanjito-」」と「オンライン面接試験対策講座」での講師です。
私でよろしければ,是非ご一報をください。
私個人の人生のキーワードは〈つながり〉です。
末筆となりましたが,何卒,当塾「鍛地頭-tanjito-」をご支援くださいますように,衷心よりお願い申し上げます。
【所属学会】
○ 全国大学国語教育学会
○ 日本国語教育学会
○ 中四国教育学会
○ 広島大学教育学部国語教育会
【主な学術論文等】
広島大学 学術情報リポジトリ
Hiroshima University Institutional Repository
小桝雅典
- 「義仲生誕」 : 語りの構造を踏まえて読む『平家物語』の授業(第一回) <教材発掘>
- 〈語りの構造〉を踏まえた〈読み〉 : 古文の授業構築のために
- 女性人物形象に視点を据えた『好色一代男』構成試論 : 巻六の目録に見られる年齢の錯記及び巻五・六・七の章構成について
- 初めての古文との出会い : 『伊勢物語』って何だ!? <第35回学会協議会記録>
当塾の考え方等につきましては,当ホームページ,アメーバブログ,フェイスブック及びツイッターなどの記事をご覧ください。
スタッフ紹介―副塾長―
副塾長
育児・教育支援 こころのカウンセラー
初めまして。
住本小夜子(すみもとさよこ)と申します。
「鍛地頭-tanjito-」の副塾長です。
「皆さんのお役に立てることがしたい。」
中学生の頃,自らの将来について考えた際に強く思ったことです。
この思いは途切れることなく,もちろん,今でも,私の在り方の根幹にあります。
将来の夢は,刻々と変化してきました。
大きな夢だったのは,「競艇選手」と「歌手」といったところでしょうか(笑)。
そんな私の一番の夢は「幸せになること」です。
私が幸せだと感じることができていれば,私の周りにいる人たちも,必然的に幸せを感じることができるのではないでしょうか。
正直なところ,これまでの人生は,辛く苦しかったことが多かったのです。
しかし,今,私は胸を張って「幸せです。」と言えます。
なぜならば,長い「苦」の時間よりも,短い「楽」の時間をとても貴重なものと捉え,それを濃密に生きてきたからです。
小学3年生の3学期から中学卒業まで続いた「いじめ」。
自律神経失調症,うつ病,パニック障害の発症。
子宮外妊娠(頸管妊娠)による流産に伴う抗がん剤治療。
そして離婚。
他にもまだたくさん長い「苦」の時間を経験しました。
結果としては,すべての「苦」を受け入れることによって乗り越えてきたからこそ,今があるのだと思います。
「苦」と共に生きる運命にあったのです。
そこから学んだことは計り知れず,自己を成長させるための試練だったのです。
また,父との固い約束を守るため,生きることを諦めることはしませんでした。
「どんなことがあっても,自分で自分の命を絶つことはしない。」
母を自死で亡くした父の,切なる願いでした。
どの「苦」の時間も,本当にホントウに辛くて長い時間でした。
周囲で支えてくださった方がおられたからこそ,こうして生きてこられたのは言うまでもありません。
そんな私ができること。
それは「皆さんが心から笑顔になれるようにお手伝いをさせていただくこと」です。
大したことはできないけれど,少なくとも何事かでお困りの皆様の傍にいさせていただきたい。
今度は,私が周囲で支える番です。
私が何か行動を起こすことにより,皆さんが微笑んでくださったら,こんなに嬉しいことはありません。
はかない私の願いと人生経験を生かすべく,「社会貢献」を後半生に掛ける塾長との想いが合致した先に「鍛地頭-tanjito-」は生まれました。
皆さんの笑顔を引き出せるように,精一杯頑張ります!!
皆さん,どうぞよろしくお願い致します。
〔担当〕
・育児・家庭療育コース
〔取得資格〕
・一般財団法人生涯学習開発財団 一般財団法人ヘルスケア産業推進財団
日本学術会議協力学術研究団体 メンタルケア学術学会🄬 認定
メンタルケアカウンセラー🄬,メンタルケア心理士®
・訪問介護員2級養成研修課程修了
〔略歴〕
・ 高校卒業後,種々の職種を経験したのち,27歳で結婚。
・ 28歳で長男を出産,32歳で長女を出産。
・ 5年間,家事育児に専念する。
・ 34歳でシングルマザーとなり,国家公務員試験等の論文添削講師を務め,現在に
至る。
・ 当塾において,0歳から7歳児の療育にかかわるメンター的な役割を担う。
・ 開塾後,生活心理学講座とコミュニケーション講座を修了。
・ 一般財団法人生涯学習開発財団 一般財団法人ヘルスケア産業推進財団
日本学術会議協力学術研究団体 メンタルケア学術学会🄬 認定
メンタルケアカウンセラー🄬及びメンタルケア心理士®の資格を取得。
〔趣味〕
カラオケ,音楽・映画鑑賞,カメラ